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2017.03.15 (Wed)

「右肩上がりを目指さなくてもいい」 浅草ものづくり工房マネージャーが教えるこれからのビジネスの描き方

浅草ものづくり工房マネージャー 
城 一生(たち いっせい)さん

観光地のイメージが強い浅草には、実は明治時代から150年近く続く「皮革産業の集積地」という別の一面があります。現在でも革靴出荷額は日本一の規模を誇り、「奥浅草」と呼ばれる浅草北部地区だけでも1000以上の靴の工場や加工所、皮革や材料企業などが立ち並んでいます。

そんな浅草の地場産業を盛り上げ、これからのものづくりを担う企業を育てるため、2009年12月に隅田川沿いにオープンしたのが、創業支援施設「浅草ものづくり工房」です。現在、靴や鞄、アクセサリーなどの分野で創業を目指す9組の職人やクリエイターが入居しています。

今回インタビューしたのは、浅草ものづくり工房の城一生マネージャー。靴のジャーナリストとして浅草の産業を40年以上見つめてきた城さんに、浅草ものづくり工房のマネージャーに就任するまでの経緯や、これからの創業者に必要なマインドについてお伺いしました。

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▲「浅草ものづくり工房」の作業室。革専用のミシンなどの機材が使えます。

80年代は浅草の靴産業の最盛期だった

──靴業界に入ったきっかけを教えてください。

大学卒業後に就職したのが「靴業界」(現・フットウエアプレス)という靴の月刊専門誌でした。そこで20数年、記者や営業マンとして働きました。就職したのは1972年で、今振り返ると、当時は浅草の靴産業の全盛期だったんですね。60年代に隆盛期を迎え、70〜80年代に業界の規模が最大になりました。

そんな業界の動きを間近に見つつ、僕は1996年に独立して「シューフィル」という会社を立ち上げました。

──どのような事業を手掛けたのでしょうか。

86年に貿易における関税の制度が変わり、輸入品がどっと押し寄せてきました。国内の皮革産業の在り方も変化が迫られ、これまでと違った形でのPR活動や企業同士の交流が必要になってきました。

そこで、靴の企業が雑誌に広告を出すときの代理店として動いたり、合同展示会を開く手伝いをしたり、PR誌やDMの作成をしたりという仕事をしていました。その後、靴にフォーカスしたカルチャー誌「シューフィル」を出版することになります。

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▲年2回開催する革とものづくりの祭典「浅草エーラウンド」には、浅草ものづくり工房も参加。革靴の工場などをめぐるツアーでは、城さんもガイドにつきます。

「靴が好き」をキーワードに創刊した靴のカルチャー誌

──雑誌「シューフィル」では、靴をどのように取りあげようとしたのでしょうか。

80〜90年代にイタリアやフランスに取材に行く機会があり、その時に欧州の靴業界の人の話を聞いていて、浅草の職人と違う点が1つだけありました。欧州の職人は皆「俺は靴屋なんだ」と胸を張るんですよ。僕は靴業界に関わってきた20数年の間、「誇りを持って」という言葉は聞いたことがありませんでした。

日本でも自分が作った靴を自慢する人はいますが、「しょせん、靴屋」というマインドを感じる。根っこの部分がずいぶん違うと思いました。靴は生活に欠かせないものですし、産業の規模とか企業の大小で卑屈になっている必要は全くないでしょう。だから「靴が好き」をキーワードにして、カルチャーとして靴を発信していこうと思い、97年に雑誌をスタートしたのです。

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▲季刊で発行していたころの雑誌「シューフィル」。現在は休刊しています。

──読者はどんな人が?

最初は靴業界の人たちを想定していました。50冊や100冊などまとまった部数を購入いただいて、PR誌の代わりとして配布してもらおうと考えていましたが、長く続きませんでした。その一方で、若い人たちが熱心に読んでくれるようになりました。

就職氷河期の97年頃は、料理人や美容師など「手に職」系の仕事が脚光を浴びた時代です。そういう流れのなかで、靴職人も注目されて、独立系の靴の教室や学校ができはじめていました。靴を勉強する人たちの購読料だけで雑誌を続けていくのは難しかったのですが、そういう人たちがいたからこそ気持ちが続いていたんです。そこで若い人たちの熱を見たことが、浅草ものづくり工房でのマネジャーの仕事にもつながっています。

雑誌「シューフィル」は現在は休刊中。代わりに「ZAT’S(ザッツ)」というフリーペーパーを不定期刊行しています。

マネージャーの役目は、入居者とさまざまな人をつなぐこと

──いつから浅草ものづくり工房のマネージャーになったのでしょうか。

2004年に台東デザイナーズビレッジがスタートして、08〜09年頃には卒業生が活躍し始めて注目が集まっていました。その第2弾を台東区の北側に作ろうということで、09年12月にオープンしたのが浅草ものづくり工房です。

09年の春から入居者を募集し始めましたが、その時点でマネージャーが決まっていませんでした。僕は08年頃から、「革や靴の産地で創業支援施設の需要はあるか」「どういう形で創業支援をしたらうまくいくか」など、産業振興課の方から相談を受けていました。マネージャーの選任についても相談されていましたが、適任者がなかなか見つからない。それであるとき、僕にお願いしたいと依頼がきたんです。

僕は創業支援の専門的な勉強をしてきたわけではないので、経営的なことや経理的な面での専門的なアドバイスはできません。その代わり、色々な業界の人と入居者をつないだり、ツテを通じて販売先を紹介したりなど、創業の基盤となる部分をサポートしています。

──マネージャーとして、入居者にどのようなアドバイスをしていますか。

入居者のなかにも、規模を大きくしていくことを求める人もいれば、手づくりでコツコツやっていく人もいるなど、さまざまなタイプの人がいます。年次計画表を提出してもらうと、3年経ったら売上5000万という目標を立てる人もいますし、1000万と書く人もいます。その差は、ビジネスに対する考え方や、生き方の違いです。

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▲伊勢丹出身のコンサルタントと靴の未来について語り合う。こうした外部との豊富な人脈を、入居者につないでいくのもマネージャーの役割です。

今の時代、何が正しい、間違っているとは言えなくなってきていると思います。だから、まずは自身のビジネスを続けることが可能な売上数値を決めること。その上で、横ばいで続けていくタイプなのか、世界に打って出るなど上昇を目指すタイプなのか、そういうことをイメージしてからスタートする必要があると思いますね。

ビジネスのあり方は一つではない

──持続可能な売上数値とは、具体的にどれくらいなのでしょう。

最近では、まず売上1億を目指しましょうとよく言っています。

1億を達成したら次は3億を目指すのではなく、1億を長く続けることを目指してもいい。昔は5億くらいでやっと海外進出の話が出てくる感じでしたが、ネットが普及した今は、売上1億でもグローバルに展開する商品もあります。

一定量で持続可能な形というのもビジネスの一つのあり方です。これからの創業者は、ただ売上増を目指すのではなく、自身が仕事を長く続けられるビジネスプランを考えていくことが大切なのではないでしょうか。浅草ものづくり工房の入居者にも、それぞれに合ったプランを描いてほしいと思っています。

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浅草ものづくり工房
台東区の地場産業である靴、鞄、ベルト、帽子、ジュエリーなどの分野で事業を興し、成長させていこうという個人や創業間もない法人を支援するための施設として、2009年12月に開設。入居期間中(原則3年以内、審査有り)、入居者には個別のアトリエや作業室などものづくりに適した環境や、事業推進のための支援・アドバイスを提供する。

〒111-0023 東京都台東区橋場1-36-2 台東区立産業研修センター
電話:03-3876-3720
http://monokobo9.com/

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イッサイガッサイ 東東京モノづくりHUB

Eastside Goodside (イッサイガッサイ) 東東京モノづくりHUBとは「CREATION IN EAST-TOKYO」を合言葉に、モノづくりが盛んな東東京の「ヒト」と「モノ」と「バ」をつなげて創業者をサポートし、東東京をワクワクする地域に変える創業支援ネットワークです。
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