2017.03.01 (Wed)
そこにあるものを受け継ぐために、稼ぐ仕組みを考える──谷中「HAGISO」、設計しつつ事業を切り盛り
HAGI STUDIO代表
宮崎 晃吉さん
東東京エリアが好きな方の中には、下町情緒あふれる街並や、趣ある木造建築に魅力を感じている人も多いと思います。しかし、古い建物はいつの間にか取り壊され、マンションや駐車場に変わってしまうことも。そこに一抹の寂しさを感じるなら、もしかしたらそれはビジネスチャンスなのかもしれません。
一級建築士事務所「HAGI STUDIO」代表の宮崎晃吉さんは、取り壊しが決まっていた谷中の木造建築を、カフェやギャラリーが入った複合施設「HAGISO」として生まれ変わらせました。宮崎さんの試みは話題となり、まちに新たな人の流れをつくっています。創業の経緯やこれまでの軌跡を教えてもらいましょう。
木賃アパートを改修、カフェや宿泊で収益上げる
──まずは、現在の事業概要を教えてください。
1955年に建てられた2階建ての木造アパート「萩荘」をリノベーションし、最小文化複合施設HAGISOとして運営しています。1階にはギャラリーとカフェ、2階には事務所と雑貨店、そしてHAGISOから歩いて3分の場所にあるホテル「hanare」のレセプションを置いています。
hanareはまち全体をひとつのホテルに見立てた宿泊施設です。宿泊室はまちの中、大浴場はまちの銭湯、レストランはまちの美味しい飲食店、お土産屋さんは商店街や路地に店を構える雑貨屋さん。宿泊客にはオリジナルのマップをお渡ししていて、「熱い湯がお好きならこの銭湯がおすすめです」「帰りに立ち寄るならこの店が美味しいですよ」などとお伝えしています。
──どういう経緯で創業されたのですか?
2011年の東日本大震災を受け、萩荘の解体が決まったことがきっかけです。
僕は東京藝術大学の学生だった頃に萩荘に住みはじめ、5年暮らしていました。解体には納得していましたが、思い入れもあったので「最後にイベントをさせてください」と大家さんにお願いし、「ハギエンナーレ」という“建物のお葬式”を開催しました。入居者や関係者が建物全体を使って好き放題に作品を展示するというものです。これが予想以上に好評で、3週間で1500人が来場してくれました。
その様子を見ているうちに僕らも「この場所は化けるんじゃないか」と思ったし、大家さんも可能性を見出してくれました。「このまま壊すのはもったいない、直して使おう」と。でも、お金をかけて修復するからには、きちんと収益を上げる仕組みが必要です。「誰かに任せるよりは自分でやろう」と考え、HAGISOを始めました。
──創業にあたって受けた支援はありますか? 助成金等は活用されたのでしょうか。
助成金には頼らず、銀行からの融資プラス自己資金で始めました。自己資金と言っても貯金がなかったので、親族から借りて。
スタートアップ時に助成金を活用することは悪いことではないと思いますが、長く頼れるものではないし、細々とした制約に縛られたくなかったんです。色々と書類を書かなければいけないし、そこに労力をかけるよりは違うところにリソースを割こうと思いました。
代わりに実施したのがクラウドファンディングです。映像・音響設備を整えるための費用を集めました。でも、お金を集めるためというより、立ち上げ時のファン、仲間を集めるための意味合いが大きかったですね。そこから長く通ってくれるようになった人もいますし、やってよかったと思っています。うちでは今も玄関やウェブサイト上に、出資してくださった方の名前を掲示しています。
「ここでしか提供できない価値」を突き詰める
──事業を成長させていく上で大事にしていることはありますか?
「ここでしか提供できない価値はなんだろう」と突き詰めて考えることですね。万人に受けなくてもいい、コンセプトに共感してくれる人に届けようと割り切る。
hanareの場合でいうと、トイレが共同だったり、レストランが館内になかったり、お風呂はあるものの銭湯に行くことをすすめていたりと、普通のホテルにあるようなものがないんですが、そのかわり僕らにしか提供できないものがあるんです。
例えばマップやオリジナルの手ぬぐいを持っていくと、銭湯で話しかけられたり、優しく接してもらえたりする。旅先で思い出に残るのってそういう経験だと思うんです。そういう機会をどれだけ多くつくっていけるかを大事にしていますね。
──地元の人からはどんな風に受け入れられているんでしょうか。
HAGISOを始めるとき、地元の人から「ここでは3年やらないと認識してもらえないよ」と言われたんです。歴史あるまちだから、3年経ってやっと「そろそろ行ってみるか」と思われるようになる、と。
実際、その通りだったなと思います。3年が経って、地元の常連さんが増えてきた。去年、初めて地元のお店からお歳暮をいただいたんですよ。それはうれしかったですね。
──東東京で創業したい人へ向けたメッセージやアドバイスをお願いします。
戦争やオリンピックを経て東京の中心は西側にシフトしましたが、それまでは東側にあったわけですよね。その頃培われた財産、建築だったり街並だったり文化だったり、というものがまだ残っています。
すごく奥行きがあって面白いけれど、そんなに評価されていない。それってチャンスですよね。そういったものにどう自分なりに接続していくか、再定義していくかという楽しさが、東東京にはあるんじゃないでしょうか。
──古いものに新しい意味を与え、経済的な価値を生むことで残していく。そういうビジネスですね。
別に、古い街並を残すことに固執しているわけではありません。でも、ただ壊して新しい建物を建ててしまったら、何も積み重なっていかないんじゃないか、記憶喪失のようなまちになってしまうんじゃないか、と思うんですよ。だってそれは、翻って考えると、自分たちがいま行っていることもいつかゼロにされてしまうということでしょう。過去を大事にすることは、実は自分たちのためでもある。そう考えています。
HAGISO
カフェ「HAGI CAFE」、ギャラリー「HAGI ART」、レンタルスペース「HAGI ROOM」、ホテルのレセプション&ショップ「hanare」、設計事務所「HAGI STUDIO」で構成された「最小文化複合施設」。ギャラリーでは若手アーティストの個展やHAGISOがキュレーションした展示が月替わりで開催されている。2013年3月オープン。
東京都台東区谷中3-10−25
03-5832-9808
info@hagiso.jp
http://hagiso.jp/hanare
谷中のまち全体をホテルと見立てた宿泊施設。レセプションはHAGISOの2階に、宿泊棟はHAGISOから歩いて3分の距離にある。宿泊棟は築50年の建物をリノベーションして活用。2015年11月オープン。
東京都台東区谷中3-10-25
03-5834-7301
info@hanare.hagiso.jp
http://hanare.hagiso.jp/