2017.03.17 (Fri)
人生を彩る一着のスーツを、谷中で仕立てる。イタリアで修行した若手テーラーが開いた仕立屋さん

Armonia del Sarto(アルモニア・デル・サルト) 代表:五月女(さおとめ)泰彦さん(写真:喜多村みか)
オーダーメイド・スーツと聞くと、銀座の一等地にありそうな気もしますが、台東区谷中の代名詞・夕焼けだんだんのすぐそばに、30代の若手テーラーが開いたスーツの仕立屋さんがあります。
ビルの1階に和菓子屋さんが入っているのも谷中らしいですが、裏手の入り口から3階に登ると、観光地でもある表通りの喧騒を忘れるような、落ち着いた雰囲気のアトリエにたどり着きます。
今回は、筆者の僕自身がスーツを仕立ててもらうことをきっかけに、代表の五月女泰彦さんにインタビューしてきました。

Armonia del Sartoが入る谷中のビル(写真:喜多村みか)
陽気な性格、イギリスよりもイタリアに
Armonia del Sartoは、イタリア帰りの五月女さんが開いたオーダーメイド・スーツのテーラーです。まるで、スタジオ・ジブリのアニメ『耳をすませば』の天沢聖司くんが、イタリア留学の夢を叶えて戻ってきた(!)かのような経歴の五月女さん。服飾の専門学校を卒業した後は、もともと都内の縫製工場に勤務していました。
メンズコート、ブルゾン、スカートからワンピースと一通りの洋服をひたすら作っていた頃、先輩の職人さんから「将来もし独立したいなら、スーツを仕立てられるようになりなさい」と言われたそう。スーツは他の洋服に比べて手間と時間がかかるし、技術が必要です。そこで五月女さんは、スーツの本場、ヨーロッパに修行に行くことを思い立ちました。
僕の叔父が、帽子の卸の仕事をしていたんです。子どもの頃から展示会に遊びに行ったりしていたので、漠然と服飾の仕事をしたいなぁと思っていました。その頃叔父から、手に職をつけたいなら一流のところで学びなさい、と言われていたんです。
そこで、工場で働きながらお金を貯めて、五月女さんはイタリアに渡ることを決めました。五月女さんは陽気な性格なので、イギリスよりもイタリアが合うんじゃないか、イタリア人と打ち解けて簡単に修行が出来るんじゃないか、と考えたそうです。
まずは北イタリア・モデナの語学学校に通うことになります。最近のスーツの流行は南イタリアのナポリで仕立てる軽いスーツが発信されているのですが、モデナで出会った日本の雑誌編集者に、「南に行く前に、まずこの場所で腕試しをしてみたらどう?」とアドバイスされ、イタリアのタウンページを開いて、地元の仕立屋さんを探してみることにしました。
日本で作ったスーツジャケット2枚と履歴書を持って、直談判に行ったんです。すると、1軒目のテーラーさんから見に来ていいよと言われて。これが運命の出会いでした。
オペラを流しながら淡々と針仕事をする至福の時間

五月女さん。余った生地を使って作ったエプロンが素敵です(写真:喜多村みか)
こうして、五月女さんは2005年から、モデナの仕立屋さんで修行することになりました。とはいえ、流行の南イタリアも気になる。すると、仕事の合間に遊びに行ったナポリで偶然入ったレストランで、隣の席のイタリア人から有名なアトリエを紹介されました。しかし、ビザの関係で違う都市での就労ができないことが判明。結局、そのままモデナで修行を続けることに決めました。
とはいえ僕が入ったところも、街一番の仕立屋さんだったんです。師匠は昔、フェラーリの創設者であるエンツォ・フェラーリの屋敷の1室を借りて専属テーラーをしていた方で、腕も確かです。
僕は彼の下で働くまで、自分で仕立屋を始めたいとは考えていませんでした。
ある天気のいい日に、ラジオから流れてくるオペラを聞きながら、師匠と僕ふたりで、淡々と針仕事をしていたんです。それはまるで時が止まったような至福の時間でした。その時に、ああ、将来自分も師匠のような店を持ちたいなぁ、と考えるようになったんです。
寸法よりもセンス、見た目が美しくあること
そもそも、北イタリアと南イタリアのスーツの違いってなんなのでしょう。五月女さんに解説してもらいました。
大まかに北と南の違いは、着た時の表情の硬さ、柔らかさでしょうね。南は温暖な気候なので、ジャケットの中に入れる芯材が極端に少なかったり、薄くされたりしています。生地の素材感、柔らかさ、ドレープ感を出して、着るというより羽織る感じです。
一方北イタリアのスーツは、胸のボリュームや肩のラインをしっかり出した、クラシカルなフォルムが特徴です。シルエットの曲線がとても綺麗でもあります。見方によっては、南イタリアがカジュアル感のあるスーツが多いのに対して、北イタリアはよりフォーマルで、ビジネス向きです。

僕が仕立ててもらっているスーツ。仮縫いの状態です(写真:喜多村みか)
では、日本の一般的なスーツとイタリア仕込みのスーツでは、具体的にどんなところが違うのでしょうか?
日本人って几帳面なので、とにかく寸法を大事にする。既製品のスーツってポケットやシルエットが、直線的なんですよ。
一方で僕がイタリアで修行して印象的だったのは、とにかく曲線と曲線を組み合わせてフォルムを作ること。ポケットのシルエット1つとってもそう。僕のマエストロは、寸法よりも目で見た印象を大事にしていました。寸法、寸法じゃなく、センスなんだ、目で見て綺麗なデザインをしっかり捉えることを何度も言われてました。美意識を常に高く持つことを教えてもらえたのが一番よかったです。
人情味と猫に導かれ

お客さんはまず見本帳を見て触って、好きな生地を選びます(写真:喜多村みか)
2008年に帰国した五月女さんは、早速お店を開業する資金を集めるために、元いた縫製工場で働き始めます。一時期、銀座のテーラーで修行したこともありました。でも、日本の仕立屋さんは年功序列で、一向に次の仕事に進めません。五月女さんは焦り始めていました。
初歩的な作業を延々と繰り返し、ポケットすら作らせてもらえない。それではいつまで経ってもスーツが作れない。
基礎技術の反復はとても大切だと思います。しかし、新しい世代を育てるには、指導者である雇用主が彼らに対して、一人前の職人になれる将来像やその道の過程をイメージ出来るように育成しなければいけない。でなければ、いつしか彼らの情熱が冷めてしまう事もあると思うんです。焦る気持ちを押さえつつ、技術を磨きながら独立したいという思いは強くなりました。
そうこうしながら資金を貯めて、2014年にようやくお店を開くことができた五月女さん。それでも、谷中という下町にテーラーを開くのは珍しいように思います。なぜ谷中で始めることにしたのでしょうか?

(写真:喜多村みか)
散歩が好きなので、ふらっと入ったお店の雰囲気がいいじゃないですか、谷中って。それに人と人のつながりが強くて好きですね。人情味があるというか。商店街でお店をやっている友人とも仲良くさせてもらっています。
あと、谷中の地域猫って人懐っこいじゃないですか。僕、猫が好きなんです(笑)
仕立て上がるまでのお客さんとの会話を楽しむ
オーダーメイドってなんだかハードルが高い。そんな印象を持っている人も多いでしょう。出来上がるまでに最低3回、多くて4回、お店に行くことになります。
最初に生地を見て、採寸します。2回目は仮縫いの状態で、改めて採寸。3回目は完成する前の段階で、再度微調整の仮縫い。最後に、出来上がったスーツを受け取りにいきます。せっかく何度も通うのだから、合間に谷中銀座通り商店街で買い物をしたり、街をぶらぶらと散歩してみるのもいいかもしれません。

(写真:喜多村みか)
オーダーのいいところって、お客さんの体型に合わせて作るところですね。ちょっと太っても、縫い代があるのでアフターケアができます。
出張サービスも行っているので、近所であれば採寸しに行きます。スーツって出来上がるまでに時間がかかるから、お客さんと友達になれる。お互い、素の部分を話し合ったりとかしてね。ぜひ、作るまでの工程を一緒に楽しんでもらえたらと思います。
本格スーツのお値段は、税別19万8000円から。ちょっぴり値段が張るけれど、一生に一着くらいのつもりで、手仕事でじっくり自分にあったスーツを作ってもらえると思えば、意外と安いと思いませんか?
店主の五月女さんとの会話や、谷中に出かけるワクワク感もこの値段に含まれています。スーツは男性のものが基本ですが、ぜひ女性の方も、ご自身の恋人や旦那さん、お父さんへのプレゼントとして、Armonia del Sartoでのオーダーメイド・スーツを検討してみてください。スーツづくりを通じて、体型や着用するシーンを話し合ったりしながら、お互いの未来を考えるきっかけになるでしょうから。

(写真:喜多村みか)