2017.04.26 (Wed)
バリキャリ編集者が一転、6畳二間の極小出版社「センジュ出版」を立ち上げた理由
センジュ出版
代表 吉満明子さん
下町情緒あふれる足立区千住の路地にたたずむ、古びたアパートの2階。ちゃぶ台の置かれた6畳ほどの和室に並ぶ数十冊の本、コーヒーと焼き菓子。ここは、まちの小さな出版社「センジュ出版」が開くブックカフェです。代表の吉満明子さんは、ブックカフェを訪れた人との会話を楽しみながら、隣接する事務所で書籍の編集やまちのイベント企画を手掛けています。
以前は出版社に勤め、バリキャリ編集者として働いていたという吉満さん。なぜ千住で出版社を興すことになったのでしょう? 創業ストーリーを教えていただきました。
▲写真:加藤 有紀
「大事なものを失っているのかも」
──現在の事業概要を教えてください。
まずは、書籍の企画編集と出版です。これまでに俳優の斎藤工さんに推薦いただいた『ゆめの はいたつにん』(教来石小織著/3刷)、詩人の谷川俊太郎さんに推薦いただいた『いのちのやくそく なんのためにうまれるの?』(池川明・上田サトシ著/2刷)といった本を出版しています。
次に、千住の企業や商店街等のPRやイベント企画。200年前の催しを現代に蘇らせた「千住酒合戦200」、紙で人とまちをつなげる「千住 紙ものフェス」といったイベントを地域のみなさんと一緒に運営してきました。
また、事務所にはブックカフェ「book cafe SENJU PLACE」を併設しています。ハンドドリップコーヒーと焼き菓子、そして数十冊の本をご用意してお客様をお迎えし、レンタルスペースとしてもご利用いただいています。
──いつ頃、どんなきっかけで創業したのでしょうか?
創業したのは2015年9月です。創業前は、編集プロダクションの仕事や出版社の立ち上げを経て、スターツ出版書籍編集部の副編集長として、文庫事業のプロジェクトリーダーとして働いていました。
当時好きだった言葉は「弱肉強食」です(笑)。今の姿からは想像できないかもしれませんが、ヒョウ柄の服を来て、ハイヒールを履いて、つけまつげにネイルもバッチリでした。
転機になったもののひとつは東日本大震災です。
あの日の帰り道、隅田川の橋を越えると住民同士が「大変だったね」とお互いを労っていました。でも、私はその輪に入れなかった。ずっと仕事漬けで、まちにどんな人が住んでいるか、どんなお店があるかも知らなかったんです。
「私は何か大事なものを失っているのかもしれない」と思い、もう少し地域に関わりたいと思うようになりました。それから、「自分が死んだ後も残るような仕事がしたい」とも考えるようになったんです。その頃編集長にもなり、少し業務内容が変わっていった頃でしたので、そうした考えも頭によぎったのだと思います。
「二軍落ち」から地域の魅力に気付く
もうひとつの転機は妊娠・出産です。子どもという存在ができて、仕事一辺倒というそれまでの働き方や脳の使い方ができなくなった。最初は「二軍落ちしたな」と思いました。
その後、少しずつ母になる自分を意識することができてきた産休中、平日の日中に千住の町を歩いてみると、商店街が驚くほど元気で魅力があって。編集者として、住民目線で見た千住の豊かさ、面白さを、いつか地域内外の人に伝えたいと思うようになりました。
育休が明けて1年は職場復帰して時短勤務していましたが、仕事と子育てを両立するために職場と家の距離を近くしたいという想いも募り、家から5分の場所に事務所を構えて独立しました。
目の前の一人ひとりを大切に
──創業にあたってはどんな準備をしたのでしょうか。また、支援は何か受けましたか?
事務所兼ブックカフェのリノベーションには150万円かかりましたが、それは手持ちの資金で対応できました。ただ、本の製作原価が残らなかったんです。そこで、地元の信用金庫さんから200万円借り入れました。そのときお世話になったのが足立区の創業支援制度です。担当者の方に熱意を伝えると共感してくださって、審査を通すための事業計画書の書き方など、とても親身に相談に乗ってくれました。
──事業を続ける上で大事にしていることはありますか?
一つひとつに嘘をつかず、誠意を尽くすということでしょうか。例えば、集荷や配達に来られる宅配業者さんも、たくさんお金を使っていただくお客さんも、センジュ出版にとっては大切な人に変わりありません。明日センジュ出版の本を買ってくれるかもしれないし、誰かにセンジュ出版の話をしてくれるかもしれません。
そういう緊張感をいつも忘れないようにしたい。私たちのような小さな出版社は、目の前の一人ひとりを大事にしないといけない。そう思っています。
自分が選んだ場所で根を張る
──最後に、東東京で創業したい人に向けてメッセージをお願いします。
私自身は事務所を地域に開いたことでさまざまな人と出会えましたし、それが仕事にもつながりました。足立区がPRを後押ししてくださったこともあり、メディアにも何度も取り上げてもらっています。地域の方々のご協力がなければ、センジュ出版という小さな出版社の存在をこんなに多くの人に知ってもらうことはできなかったでしょう。
千住で仕事をしてきて感じているのは、「都心にいないと仕事が来ない」というのはもう古い考えなんだな、ということ。だから、「自分が選んだ場所を等身大で楽しんでほしい」とお伝えしたいです。
センジュ出版
書籍や雑誌の企画・編集・製作、及び出版・販売を手掛ける。刊行物に『ゆめの はいたつにん』『いのちのやくそく なんのために生まれたの?』
http://senju-pub.com/book cafe SENJU place
コーヒー・紅茶と焼き菓子のあるカフェ。センジュ出版の本やおすすめの本、作家さんの作品などの雑貨を販売。カフェ内の本は、販売品以外は読み放題です。
http://senju-pub.com/shop/東京都足立区千住3-16 2F
電話:03-6677-5649
営業日:月〜金、9:00〜17:00
不定休のため、ご来店時にはお問い合わせください