ホーム > インタビュー > ユーザーが教えてくれるデザイン―ヒガシ東京で働くVol.3:日本で唯一、盆栽用の銅製如雨露を作るメーカー・根岸産業の話@墨田区堤通【後編】

2014.02.20 (Thu)

ユーザーが教えてくれるデザイン―ヒガシ東京で働くVol.3:日本で唯一、盆栽用の銅製如雨露を作るメーカー・根岸産業の話@墨田区堤通【後編】

墨田区堤通に位置する根岸産業は、日本で唯一、盆栽用の銅製如雨露(じょうろ)を作っているメーカーだ。修繕も行っており、半田付けで修理できる物であれば、如雨露だけでなく花刺し等の他の商品も直してくれる。前編では、根岸産業のオリジナル商品・盆栽用の銅製如雨露について、如雨露の成り立ちや銅という素材の魅力を3代目・根岸洋一さんと母・根岸絹江さんに語っていただいた。

今回お届けする後編では如雨露づくりにフォーカスし、技術の継承、顧客との交流から見える物の形などを訊いていく。デザイナーと一緒になって商品づくりをしたこともあるが、結果、銅製如雨露に至っては先代が作り上げた今の形のまま維持されたと言う。その真意から、デザインのあるべき姿が垣間見える??

前編はこちら:雨の如し露を注ぐ―ヒガシ東京で働くVol.3:日本で唯一、盆栽用の銅製如雨露を作るメーカー・根岸産業の話@墨田区堤通

中学生の頃から職人の技を肌で感じてきた

洋一さん「中学生の頃から手伝ってきました。高校に入ってからは、アルバイト代ももらっていましたし、父の仕事をずっと見て来ていたんですね」

絹江さん「どうせ外で働くのであれば、うちで時給を払うから手伝ってほしいと言っていたんです」

洋一さんが根岸工業で働きはじめたのは、5年前。務めていた会社を退職し、家業を引き継ぐことに決めたと言う。実際、如雨露づくりを引き継ぐことになって、すぐに作り出せるものなのかと訊いてみたところ、先の答えを返してくれた。続きを訊いていこう。

絹江さん「見ていると簡単にできそうですが、できませんよ。私もやってみたんですが、全然ダメでした。この網付けだって、10年やっているんですよ」

写真:絹江さんの網付け
水を濾過するために必要な網の半田付け

半田付けは、中学校の技術の時間にやったことがある人もいるだろう。ただ、薄い銅に、湯気が立ちのぼるほど熱を持った小手を当て、接合していく作業は繊細そのもので、素人目には窺い知れない“加減”があるようだ。職人の勘、と呼ばれることの多いこの“加減”を洋一さんはどうやって身につけていったのだろうか。

洋一さん「父は職人気質のところがあって、見て覚えろという部分がありました。ただ、見て覚えると言っても何をどう覚えていけばいいのかわからないので、そこは教えてもらいました」

絹江さん「主人はよく教えていましたよ。でも、倅(せがれ)は物覚えがよくてね。ものづくりが好きだと言ってくれていて本当によかったです」

ものづくりが好き。ふだん当たり前のように口にしていた言葉だけれど、この日は異なって響いた。繊細な作業を1日何時間も続ける、その上で好きだということに何にも代え難い職人の性を垣間みた。

使い心地が体現された如雨露のデザイン

如雨露づくりは当然、半田付けだけではない。銅等の素材を如雨露に組み立てるまでの、パーツづくりも行っている。

洋一さん「素材は手で曲げるんですね。握力を鍛えていなくても、自然と強くなるくらいです。ステンレスなんかは硬いですし、真鍮(しんちゅう。銅と亜鉛の化合物)は反発が強くて」

絹江さん「わたしは真鍮が一番難しいですね。反発があって、曲げても元に戻ってしまうんですよ。その素材を作ってから半田付けをするから、たくさんは作れません」

写真:如雨露のパーツ
この丸みも手作業でなければ再現できない如雨露の世界

パーツのひとつ、盆栽用の如雨露の注ぎ口は細くて長い。その理由は前編で教えてもらったが、長くなるまでの経緯にはまた特別なエピソードがあった。

絹江さん「上野に盆栽協会があるんですよ。主人はそこに何ヶ月も通って、『これじゃダメ』『あれじゃダメ』だと話を聞いて、実際に水を注いでもらいながら試行錯誤して今の形を作り上げていました」

注ぎ口の細長い盆栽用の如雨露、この原型を産み出したのが先代だと言う。瓶(かめ)から水を掬いやすいように、柄杓と似た注ぎ口にしていることもあり、海外でこの形状は生まれ得ない。根岸産業のオリジナルデザインだ。デザインと聞くと、デザイナーとのコラボレーションをしたことがあるのか伺ってみたくなり訊いたところ、「1度、取り組んでみたのですが、半田の色と銅の色の違いで、半田を目立たないようにしたいから薄く塗ってほしい等、見た目についての話が多かった」とのこと。

見た目ではなく、使い心地を優先し続けた結果、生まれたという根岸産業の如雨露の形に、デザインについて改めて思いを馳せる機会を得た。見た目には、使う人に心地よい体験を得てもらいたいという、作り手の思いが体現されている。今もまだ改良は続いていると言う。洋一さんは、東京の伝統的工芸品チャレンジ大賞すみだモダンなどにも積極的に参加しており、如雨露づくりに妥協がない。

手仕事でしか産み出せない商品がある

絹江さん「本当、主人に似て頑固なんですよ。例えば、『半田を3回塗るところを1回にしてみたら?』なんて言ってみたことがあるんですが、『ダメ。3回塗らなきゃ』って」

洋一さん「良い物を作りたいから、完成までに時間がかかってしまいます。だから遅いんです」

写真:銅板を切り分ける裁断機 一枚の板で仕入れた銅を切り分ける機械

妥協のないものづくりを続けてきたから、今、日本で唯一の盆栽用銅製如雨露を扱うメーカーとして残っているのだろう。機械で大量生産をすることもできる時代に手仕事にこだわる理由を訊いてみた。

洋一さん「他社が機械で作ろうとしたことがありました。でも、銅を厚くしなければいけなくて、それでは重い。うちの如雨露は水を入れても4〜5kgなのですが、それ以上だと持ってふらふらしてしまいます。たくさん作ることより、使いやすさを優先すると手で作ることになるのです」

使いやすさを第一に考える洋一さんは、今後、若い世代にも如雨露を身近に感じてもらうため、如雨露の注文を行えるiPhoneアプリの制作などにも打ち込みたいと語った。使う人の声をもっと聞きたいという姿勢は、今の如雨露の形を作った先代と通じる魂だ。引き継がれた物は、技術だけではなく息吹そのもの。ものづくりの継承の真髄を間近で見たような気がした。

根岸産業には、修学旅行生など、見学に訪れる人たちも多いと言う。ホームページからは見学の問い合わせも受け付けており、足を運ぶことも可能だ。実際に手に取って、如雨露で水を注いでみると、ほしいと感じる人が多いそう。植物を元気に育て、暮らしを豊かにする道具・如雨露を新調する際は、根岸産業に一度声をかけてみるのはいかがだろう。ここにしかない生きた水を植物に与えてあげよう。

この記事を書いた人/提供メディア

新井 優佑

インタビュアー/ノンフィクションライター。WEBマガジンやオウンドメディアの運用、寄稿をしています。出版社でスポーツ雑誌編集とモバイルサイト運用を担当したのち、独立しました。2014年は、手仕事からデジタルファブリケーションまで、ものづくりの記事を多く作成しました。1983年東京生まれ。

週間ランキング

Sorry. No data so far.

  • mag_wanted
  • 151220_sooo_banner
  • 151220_reboot_banner