2014.08.06 (Wed)
靴・かばんデザイナー曽田耕さん 旧鉄工所を自らの手で改装したアトリエにて精力的に活動中!<東東京に住むこと Vol.1前編>
人と人のつながりが濃く、様々なテーマ型コミュニティがある東東京。8月の特集「東東京に住むこと」では、そういったコミュニティに様々な形で関わる4組にお話を伺います。特集を通じ東東京で送ることのできる“生活のイメージ”や“根付いて生活するためのヒント”、“日々生まれている活動の様子”をお伝えできたらと思っています。
Vol.1では日本津々浦々に根強いファンを持つ靴デザイナー曽田耕さんをインタビュー。自ら改装した鉄工所にアトリエと住宅を構え、彼ならではの靴やカバンをつくる曽田さん。前半では曽田さんの活動と世界観を伺います。
靴・かばんのデザイナー曽田耕(そだこう)さんが墨田区東駒形の自身のアトリエにて去る5月31日-6月2日開催された展示会「100 SHOES 2014」を前回ご紹介いたしましたが、今回はさらに曽田さんの製品へのこだわり・ヒガシ東京を拠点にした経緯・これからの展望について迫ってみました。
一人で靴づくりを続けて20年。現在曽田さんのブランド「KO」の製品は全国10店舗で販売され、個展は1998年初めて浅草の”Gallery ef”での開催以来全国各所、そして今年は初めて自身のアトリエで行われました。
きっと誰しも「KO」の靴・かばんを一目見ると、自然となごやかな気持ちになるのではないでしょうか?曽田さんの作品への姿勢のお話を聞いていると、この「KO」の世界観ができあがる理由がわかってきました。
「KO」の自然でユニークな確固たる世界観
もともとモノづくりに興味があったという曽田さんは20年前に今は浅草駅近くにある(当時は橋場)、公立職業訓練施設としては全国で唯一の製靴科のある「東京都立城東職業能力センター 台東分校」で靴の製作技術を習得。
以降、この技術をくずす取り組みを続けているのだそう。それは、ただの自由で創造性のある靴のデザインを描いても、その長くて完成された靴工程には歯がたたない、という考えから。”まずは工程ひとつひとつを消化して、細部まで確認したい。やがて全体像が見えたときに、あとは自分の技術・道具・材料を当てはめれば、デザイン画などなくても自分の靴になる”と言う曽田さん。
そんな曽田さんの靴・かばんの組み立て方はとてもユニーク。”容量は同じでも、その包み方が全部違う”というやり方なのです。同じデザインでも型紙通りには切らないので、ひとつひとつの製品がすべて少しずつ違うものになります。
革素材においても”差別しない”という、とても実験的なアプローチをしています。具体的にいうと、曽田さんは新しい革も購入もしますが、他のメーカーが廃棄した革も敢えて使用するのです。どんな動物・色・テクスチャーでも自分なりに挑戦をすることで結果ユニークな作品ができるのだとのこと。使い辛そうな〝手強い革”があると余計にチャレンジ精神が湧くそうです。
こういうユニークな”創造性”をもつ曽田さんは、製品の”実用性”の追求にも熱心。いつも使っているという木型に足の骨を描いて履きやすさを常に研究、また新しいデザインの靴の構築は自分で履きつつ、どんどんと改良を重ねていくというやり方です。
一人で旧鉄工所を改装したSODA STUDIOも「KO」色
”創造性”は曽田さんの作品だけでなく、アトリエ空間の隅々まで感じられます。このアトリエは旧鉄工所を曽田さんがすべて一人で改装して2006年にオープンしました。今年のアトリエでの個展の内装もすべて曽田さんが手掛けました。旧鉄工所らしく高い天井には2か所にクレーンが釣り下がっています。これが改装・内装工事に活躍したのだそうです。
スタジオ内には曽田さんが外で拾ってきた物・旧鉄工所を改装したときにできた物(窓を作るためにくり抜いた部分のタイル壁などは玄関の踏み台)だらけ。それぞれがそれぞれに用を成しています。”自分の靴に惹かれる魅力が外で見つけた「ゴミ」に思わず惹かれる魅力に負けたくないと思う。そうでなければ、ゴミ以下”という曽田さんに”すべてがゲームの勝負になって楽しいですね”と言うと”そうですね”と笑顔。
ヒガシ東京 墨田区東駒形を拠点にしたのは?
曽田さんが自分ですべて改装する覚悟でアトリエを墨田区東駒形に構えたのにはそれ相当の理由があるはず。ここを仕事・居住の場にした経緯とは?
ここからは今週金曜に続く<後編>でお届けいたします。曽田さんのヒガシ東京におけるビジネスへの展望などのお話が聞けました。お見逃しなく!
2014年8月特集【東東京に住むこと】記事アーカイブ
詳細情報
名称 | SODA STUDIO |
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住所 | 東京都墨田区東駒形2-3-11 |
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その他 | ─ |