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2014.02.11 (Tue)

雨の如し露を注ぐ―ヒガシ東京で働くVol.3:日本で唯一、盆栽用の銅製如雨露を作るメーカー・根岸産業の話@墨田区堤通【前編】

墨田区堤通を歩いていると、働く人の顔が見える。鉄工所や製紙工場には、頬に伝う汗を拭う間も惜しんで、仕事に向き合う人たちがいた。流した汗は土地にしみ込み、土地を街や地域に変える。街には人が暮らしてきた息吹が溜まっており、それを土地の記憶と呼びたい。そんな土地の記憶を紐解き、これからその街で働き暮らす人に引き継ぐことで、街が豊かに保たれ育まれるのではないか。街に溶け込み、人と触れ合い、楽しく豊かな生活を営む人が増えるキッカケづくりとして、この連載「ヒガシ東京で働く」では、街の仕事人たちに話を伺っている。

第3回となる今回は、墨田区堤通で如雨露(じょうろ)づくりを続けて来た根岸産業株式会社の3代目・根岸洋一さんと、母・根岸絹江さんに話を伺った。明治の頃、1代目が開業したブリキ屋にはじまり、引き継いだ2代目が育て上げた盆栽用の銅製如雨露というオリジナル商品、それを今お二人で背負い、工場を営んでいる。先代、先々代から引き継がれた如雨露づくりの話を通じて、ものづくりにおけるデザインの意味を知ることができた。デザインの本質は使う人の中にあると――。

前編で銅製如雨露の話を、後編で引き継いだ如雨露づくりの話を語っていただく。最後まで、ぜひお付き合い願いたい。

雨の如し露と書き、如雨露と読む真意

根岸産業は日本で唯一、盆栽用の銅製如雨露を作っているメーカーだ。盆栽用の如雨露は、注ぎ口の細く伸びた独特の形状をしている。この形状について、まずは尋ねてみよう。

洋一さん「うちでは水の出方にこだわりを持って如雨露づくりをしています。本来、植物にとって雨水を注ぐことが一番良いのですが、雨が降らない日もありますので、その代わりとして如雨露は生まれたのです」

絹江さん「雨の如しと書くでしょう。スーパーマーケットで扱われているような普通の如雨露ではジャーっと出てしまうけれど、うちの如雨露は水の出方が本当に違いますよ」

洋一さん「注ぎ口を長く伸ばすことで、水に加わる圧力をコントロールできるのです。世界で一番良い水の出方を目指して、この如雨露を作っています」

写真:絹江さんによる如雨露デモンストレーション
如雨露の使い方は絹江さんに教わった。

そこで根岸産業の中で一番大きな如雨露をお借りし、水を注いでみた。注ぎ口を通り、放物線を描きながら植物に降る水の、出方も然ることながら触感も異なっており、たいへん面白かった。どんな表現が適しているかわからないが、一般的な如雨露で水を注ぐと、注ぎ口を水が伝っていく感触はなかなか得難い。それが根岸産業の如雨露では水に流れが生まれていることを手の平を伝ってイメージできたのだ。細く長い注ぎ口だからこそ、生きた水に変えて植物に届けることができる。

盆栽では、瓶(かめ)に雨水を溜めておき、それを如雨露で掬って注ぐと言う。注ぎ口が細く長いのは、瓶から水を掬う際に、柄杓のように如雨露を扱うことができるようにするためだとも洋一さんは教えてくれた。

銅により植物は健やかに育つ

銅製の他、ステンレスや真鍮(しんちゅう。銅と亜鉛の化合物)で作られた如雨露を根岸産業では取り扱っている。中でも銅製の如雨露は盆栽にとって独自の効能があり、おすすめだと言う。

絹江さん「銅は腐らないから、長く使ってもらえるんですよ」

洋一さん「うちの場合、30年使ってもらって、ちゃんと残っているかどうかを基準にしているのですが、銅は腐食せずに使ってもらえるんですね」

写真:如雨露と注ぎ口の先
如雨露の先は交換パーツがある。ハス口、直口、ツル口の3種類。水が弧を描くハス口、真っすぐ注がれる直口、局部を狙えるツル口。用途に合わせて使い分ける。

30年、という基準の長さに驚かされた。実験した結果なのだろうか?

絹江さん「修理に来ますからね。水を濾過するために、水の入口部分に網が付いているのはわかりますか?ここが一番最初に破れてしまうところだから」

洋一さん「指で強く押すと破れてしまうことがあるのです。それの修理をしに来る方がいて、使ってもらっている物を見ることができます」

如雨露には、瓶から水を掬う際に落ち葉等が入り込まぬよう、水の入口に網が付いている。細かい網だ。他の部位と比べて、編み目は柔く、その修理の際に使われている如雨露に目を通しているわけだ。また、銅は水の腐りを抑える効能もあると言う。

水瓶としても活用できる如雨露の万能性

洋一さん「昔は庭があって、雨水を溜めておく瓶を置いておけたようですが、今はベランダですよね。雨水を取るために、如雨露を置いておくことがあって、水を入れたまま溜めておくことがあるのです。銅は水が腐らないだけでなく、イオン効果もあって、盆栽を育てている方々からはコケの育ちが良いという話を聞いています」

洋一さん曰く、日本の銅は海外と比べて色艶も良いとのこと。特にお気に入りの銅を扱っている商社があり、いろんな銅に触れた結果、今はそこの扱う銅を使って如雨露づくりを行っているそうだ。

最高に調子が良くて、1日10個作れるかどうかという如雨露づくり。今は、洋一さんが主に如雨露づくりをしており、絹江さんが水を濾す編み目の半田付け等を行い、サポートしているそう。昨年、400個の受注を受ける等、大忙しの中、作ることのできる人間が増えたらいいと感じているようだった。しかし、如雨露づくりは一朝一夕にはいかない。職人の世界だ。

後編では、父である先代から洋一さんがどうやって技術を引き継いだのか、またこのオリジナル商品である如雨露の形はどう作られていったのか等、如雨露づくりにフォーカスして語っていただく。ものづくり職人の真価、使う人との交流によって決まる商品の適ったデザイン等、クリエイターにとって示唆に富む話が満載だ。ご期待あれ。

後編はこちら:ユーザーが教えてくれるデザイン―ヒガシ東京で働くvol.3:日本で唯一、盆栽用の銅製如雨露を作るメーカー・根岸産業の話@墨田区堤通

この記事を書いた人/提供メディア

新井 優佑

インタビュアー/ノンフィクションライター。WEBマガジンやオウンドメディアの運用、寄稿をしています。出版社でスポーツ雑誌編集とモバイルサイト運用を担当したのち、独立しました。2014年は、手仕事からデジタルファブリケーションまで、ものづくりの記事を多く作成しました。1983年東京生まれ。

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