ホーム > インタビュー > 浅草とバンフは“優しい人”が共通点。夢を追う男・阿部雅龍@台東区浅草<あなたの抱負を聞かせてください!Vol.2後編>

2015.01.23 (Fri)

浅草とバンフは“優しい人”が共通点。夢を追う男・阿部雅龍@台東区浅草<あなたの抱負を聞かせてください!Vol.2後編>

新年最初の特集は「あなたの抱負を聞かせてください!」。vol.2の前編では、浅草「壱」の人力車夫・阿部雅龍さんに新年の抱負として、「夢を追う男」として活動してきた、さまざまな冒険と教育を結びつけるエピソードを伺いました。

後編では、なぜ「夢を追う男」になったのか解きほぐしていただきます。浅草との縁、他国と浅草に共通する“人の魅力”など、阿部さんらしさの詰まった言葉をお愉しみください。

笑って死ねる人生を

――でも、どうして冒険家になろうと?

キッカケは3つあります。1つ目は小さい頃からの夢だった。2つ目は就職活動。3つ目は恩師との出会いです。小さい頃から冒険家に憧れていた事は先ほど話しましたよね。ぼくは、その憧れが大人になっても失われなかったタイプなんです。でも、気持ちはあっても踏み出す勇気はなくて、就職活動すらもやっていませんでした。

工学部機械科の学生だったのですが、周りはみんな一流企業に就職していく。でも、ぼくは同じような企業での仕事に魅力を感じていませんでした。「この先、どうして生きていけばいいだろう」。そう思いながら、インターネットで冒険家の方々の記事を読んでいたんですね。

その時、大場満郎さんという、ぼくの恩師の記事を読みました。「なぜ冒険をするんですか?」という質問に、大場さんはこういった感じの事を答えていたんです。「人生って1回しかないから、笑って死ねる人生をおくりたい」。ぼくもこういう大人になりたいと思ったんです。それで、大学を休学して、山形の大場満郎冒険学校に、「冒険家になる為ならなんでもします。置いてください。」という手紙を送ったんです。

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コンチネンタル・ディバイド・トレイル

みんなが知らない体験を

――人力車夫の仕事を始めたキッカケは?

25歳の時、大学卒業前に友人が教えてくれました。トレーニングを兼ねることができて、日本の文化も学べるし、コミュニケーションの練習にもなる。「これだ!」と思って浅草に引っ越してきました。以来、7年間、ずっと人力車夫をしています。と言っても、冒険している間はまったくできていないのですが。

――人力車を引いていれば、冒険できる体づくりができる、わけじゃないですよね(汗)。

基礎体力を維持する程度でしょうか。冒険前は1日30kmのランニングをしたりジムに通ったり、雪山にこもって道具の耐久性を見る等、冒険用のトレーニングもしていますよ。

――人力車夫以外の仕事もしていましたか?

ドミトリーの宿直をしていました。帰国のタイミングによっては、すぐに人力車夫の仕事を再開できるわけじゃないので。宿直をすると宿泊費は無料なんです。家賃をフルに浮かせて、冒険に備えていました。

他にもいろんな仕事をしているのですが、全部アルバイトなので、ぼくの職歴は白紙なんですよ。だから、一般の方が知っている常識も全然知りません。その代わりに、みんなが知らない事を体験できているのかもしれません。

(職歴が白紙だなんて、全然気にしなくていいのに、そう思う何かが今にはあるのかもしれないなぁ…)

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浅草の老舗・純喫茶マウンテンでお話しを聞いた

浅草もバンフも温かい人が多い

――お住まいも浅草ですか?

東本願寺の横に住んでいます。ぼくは南極探検家の白瀬矗中尉に憧れていて、だから南極は目標なのですが、彼はお寺の息子で、東本願寺で勉強していたんですね。そこを飛び出して、南極に行くための準備をするために陸軍に入った。彼は秋田の出身で、ぼくと同郷でもあって、不思議な縁を感じています。

――神秘的ですね。余計に、浅草を好きにもなりそうです。

浅草は人情味が溢れていて、常に流れている街。下町らしさがあるけれど、根津や谷中ほどではなくて、いろんな物が入ってくる。発展していく。だから人を惹き付ける街なんだろうなと思います。古さと新しさが融合していますよね。そんな浅草の感覚がぼくは好きです。

――今まで訪れた国にも、好きな場所はありましたか?

そうですね…。カナダとペルーは特に。カナダと言っても場所によって異なっていて、ぼくはロッキー山脈の近くにある国立公園の街・バンフーに住んでいたんですね。あちらに「Cold Place, Worm Heart.」という言葉があるのですが、寒い場所の人は本当に温かいですよ。ペルーも同じように温かい人が多い場所でした。

本にも書いているのですが、レストランに行って、ランチを食べているとしますよね。隣の席に着たトラックの運ちゃんと話すことになって、冒険をしていることを伝えたんですが、「そっか、じゃあ楽しんで」と言っていなくなって。で、あとから会計をすると、「もう払っていかれましたよ」とか。自宅に泊めてくれる人やお酒を奢ってくれる人等、見ず知らずの人にとても優しいんです。

(日本ではとてもイメージしづらい。海外にも行ったことがないし、そんな人間関係があるなんて、嬉しいなぁ…)

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人との触れ合い。笑顔のつながり

――日本の人にも、そんな優しさが備わっていくといいですよね。やっぱり、文化の違いですかね。

環境、なのかもしれませんが、日本でも多くの素晴らしい人に恵まれています。

夢を追う日々はこれからも続く

――「夢を追う男」という肩書きなのはなぜですか?

好きな仮面ライダー・クウガから取ったものなんです。あんな大人になりたいなと思って。あとは、従来の冒険家にはとらわれない活動をしていきたいなと。たぶん、ぼくの活動って冒険家らしくないんです。

――今後の目標はありますか?

当面は南極単独歩行を目標にしています。2017年にはスタートしたいですね。でも、できるかどうかはわからませんが、実現する為に努力し続けます。

やりたいことを挙げたら、45歳までは埋まっているんですが、それは秘密です。冒険もそうですし、それ以外のことも含めて、夢を追い続けていきたいと思います。

「夢を追う男」阿部雅龍さん。クラウドファンディング「READY FOR?」でもプロジェクト達成をした北極圏の冒険は、2月からスタートする予定です。阿部さんの背中から、夢に向かう輝きが多くの子どもたちに伝わりますように。一人でも多くの子どもたちが、楽しく人生を過ごしますように。

前編はこちら

この記事を書いた人/提供メディア

新井 優佑

インタビュアー/ノンフィクションライター。WEBマガジンやオウンドメディアの運用、寄稿をしています。出版社でスポーツ雑誌編集とモバイルサイト運用を担当したのち、独立しました。2014年は、手仕事からデジタルファブリケーションまで、ものづくりの記事を多く作成しました。1983年東京生まれ。

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