2017.05.03 (Wed)
コンセプトを尖らせ東東京から世界へ。手書きの価値を伝える「カキモリ」の戦略
カキモリ代表 広瀬 琢磨さん
蔵前という町の名を、このお店の存在で知ったという方も多いのではないでしょうか。2010年、広瀬琢磨さんが蔵前に開いた文具店「カキモリ」は、好きな色の組み合わせを選べるインクスタンドの併設や、海外への出店など様々な挑戦を続け、今年で7年目を迎えます。
今回は、東東京の先輩創業者である広瀬さんから、創業時の試行錯誤から東東京で創業するメリットなど、実際の経験に基づくお話をたっぷり伺いました。
家業の文具店を引き継ぎニッチのトップ目指す
──早速ですが、現在の事業の概要について教えてください。
カキモリという小売りの文具店に特化して事業を展開しています。表紙や中紙を選ぶオーダーノートや、自分で色を調合するインクといった自社製品と、セレクトした文具を販売しています。蔵前店にいらっしゃるお客様の約7割が女性で、外国の方が2割ほど。カキモリのコンセプトは「たのしく、書く人」。書くきっかけをつくり、書くことの価値を伝えることが、この店の仕事です。
──創業のきっかけや苦労した点など、創業当時のお話を聴かせてください。
実家が文具の卸売りと小売店を営んでいたこともあり「いつかは社会を良くする商売をしたい」と学生時代から考えていました。カキモリは、老舗の強みを生かした文具の専門店として、2010年11月、社員3名とパート1人でスタートしました。小資本の店でできる最善策は、ニッチでトップをとること。当初からオーダーノートを中心に、尖ったコンセプトで推し進めました。
家業の親会社から引き継いだ子会社で運営しているのですが、継いだときには思った以上に経営状態が悪く、縮小均衡してようやく黒字化させました。経営者として学びは多いものの、苦しい時代でしたね。
ようやく売り上げが上向いた矢先に東日本大震災が発生し、社会全体が文具どころではないという状態になりました。ただ、震災をきっかけにモノの持つ背景へ興味を持つ方が増え、2012年に女性向け情報誌「オズマガジン」などのメディアに取り上げてもらったことで、ようやく売り上げも軌道に乗ってきました。
思い切って初期投資、想いを伝える
──創業時はどのような支援を受け、どんな準備をしましたか?
蔵前へ出店するときは、リーマンショック後で景気対策の制度融資があり、融資は苦労なく下りましたね(笑)。内装はアートディレクターと設計士に依頼し、700万円以上かけてつくりこみました。「かけすぎたかな……これは引っ込みがつかないぞ」とも思いましたが、カキモリのコンセプトを、空間が伝えてくれるのでよかったです。
▲木材の仕上げを基調としたカキモリの店内
創業時は特に、費用を節約することを考えがちですが、自分たちの想いをお客様に伝えるためには、思い切った初期投資も必要だと思います。
──事業成長のために、特に工夫したことや取り組んだことをお聞かせください。
工夫と言えるかは分かりませんが、出店場所を決める際は、カキモリのコンセプトに共感し、存在価値を認めてくれそうかどうかをポイントにしてきました。縁あって2015年4月に台北へ出店しましたが、現地とコンセプトを共有でき、爆発的な反響を得ることができました。
また、取引先、お客様、スタッフの3者のバランスを取りながら成長できるよう、日々の業務に取り組んでいます。
まず取引先ですが、とりわけ、自分たちの製品を手掛ける職人さんの仕事を残していきたいと考えています。ともに成長していくためには、職人の仕事を若い世代に認知してもらい、継承してもらうことが必要。そのため、イベントへの出展にはこれまでも力を入れてきました。
お客様と対話する時間もできるだけ確保するようになりました。当初はコンテンツ勝負で、あまり重視していなかったのですが、お客様に対して小売店ができることは、その声を反映して現場を変え続けること。ワークショップをやってみたいという声、インクの微妙な色違いを求める声を取り入れるなど、店の進化にお客様の声は欠かせません。
スタッフの成長には、海外への出店や、海外の方とのコミュニケーションが大きな効果をもたらしました。最初は「日本に1店舗の店が海外展開なんて……」と懐疑的だったスタッフの意識が変わり、私たちにもできる。と思ってくれたことは大きかったですね。
▲創業セミナー「Speak East」の様子
都市の東側から新たな価値観が生まれる
──東東京で創業する魅力はどんなところにあるでしょうか?
店やスタッフ同士が強くつながっていながら、慣れ合いでないバランスは魅力的だと思います。実は、台北への出店も、蔵前エリアのつながりがきっかけで実現したんです。
世界を見渡すと、各国の成熟都市でなぜか東側から新たな価値観が生まれています。東東京も例外でないと感じます。
先日メルボルンを訪れたのですが、クラフト、Bean to Bar、フェアトレード、オーガニックというキーワードにもとづく価値観が生活に根付いていました。店側が提供していたのは、温かなコミュニケーション、地元の食材や地元で生み出された商品。ただ商品を置いていれば売れる小売店の時代は終わっていました。今後、このような価値観を東東京が中心となって発信し、自分たちが流れをつくるチャンスが生まれると思います。
──東東京で創業したい人に向けてひと言お願いいたします!
まだ家賃も安く、前述した「新たな価値観」に合致する事業で創業したい方には向いていると思います。ただ、芽生えつつある新たな流れに乗るだけでなく、東東京で創業することのストーリーを感じさせ、自ら流れのひとつになれるよう行動することが必要になると思います。カキモリも、蔵前の1店舗ではスペース的に難しい事がたくさん出てきました。今年からは東東京エリアに新店舗を構えることも視野に入れ、挑戦を続けていきます。
(写真:Eastside Goodside広報 浅井 真弥)
カキモリ
「たのしく、書く人」のための文具店。表紙や中紙を選んでつくるオーダーノートや、書くことが楽しくなるセレクト文具を販売している。東京の下町に息づく職人技を生かした商品づくりにも、熱心に取り組んでいる。オーダーインクを製作できる「ink stand by kakimori」も併設。〒111-0051 東京都台東区蔵前4-20-12
電話:03-3864-3898
http://www.kakimori.com/