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2016.04.12 (Tue)

元建築士が作る構造先行の革小物 「M+(エムピウ)」村上雄一郎さん

蔵前に拠点を置く「M+(エムピウ)」は、元建築士という異色のキャリアの持ち主で、台東区のインキュベーション施設「デザイナーズビレッジ」(以下デザビレ)の一期生でもある村上雄一郎さんのブランド。こだわり抜いた素材で使いやすい構造の商品を作っています。代表作の「ミッレフォッリエ」は、他のお財布にはない構造で、さすが元建築士!と思わされます。

自らを経営者に向いていないと笑い飛ばす村上さん。苦労された下積み時代からブランド立ち上げ、ヒット作の裏話まで、笑いっぱなしのインタビューとなりました。

まず「イタリア帰り」という称号をゲット

――村上さんは一級建築士の資格を持っているんですよね?

村上さん そうそう。建築士に憧れて設計事務所に入ったんだけど、意外とデザインとかモノづくり以外の仕事が多くて、そういうの向いてないなーと思って5年くらいで辞めちゃったの。現場の人をまとめたり、色々なことを調整したり、いわゆるディレクター的な仕事よりも、もっと「作る」という作業に時間をかけたかったんだよね。

――根っからの「モノづくり人間」なんですね。何故革を選んだんですか?

村上さん 使っていくうちに味が出てくるものが好きで。金属や木も好きなんだけど、趣味でやるには場所もなかったし大きい音も出るから、革なら行けるかなって。革を買っていじってみたら、思いの外、上手いことできたのが楽しくて。建築の仕事をしながら、夜な夜な駐車場の車の中で、膝の上に電話帳を置いて、なるべく音が出ないように革に穴を開けたりして。ご近所さんにかなり怪しまれたと思う。

その頃は自分が使うものを作ってたんだけど、会社の先輩が褒めてくれて。「こっちの方が向いてるんじゃない?」と思ってイタリアの建築学校出身の先輩に相談したら、「イタリア行ってハクつけて帰ってこい」って言われて。

M+

メガネケース「ロトロオッキアリ」

――背中を思い切り押されたんですね。で、イタリアへ? イタリア語話せるんですか?

村上さん 全然!英語も全然! しかも目指していたフィレンツェの職業訓練校の日本人の枠が2人だけだったんだけど、30人くらいエントリーしていて、競争率がすごく高いから焦ったね。でも11月に選抜試験が行われるはずが、3月まで延びてしまって、他の日本人は諦めて帰っちゃって、残ったのは僕ともう一人だけだったから入れたというね。

――(笑)。でもイタリア語も英語も分からずで大丈夫だったんですか?

村上さん 基礎的なことは一通り学んでから行ったから、実技は見てればだいたい分かるんだよね。だから困ることはほとんどなかった。ただ、雑談が一切分からなかった。

職業訓練校で学んだ後、学校で色々教えてくれた先生が働いていたベネトンの子会社の工房に入ることができて、分からないことがあればすぐ先生に聞けるという恵まれた環境で1年間ほど修行できた。これは本当にラッキーだったよ。その後セリーヌの工房に引き抜きの話があって、日本に残してきた家族もイタリアに呼べる!とウキウキしてたんだけど、カミさんに「バカ言ってないでさっさと帰ってらっしゃい」と言われて。それであっけなく帰国したんだけど、その直後、その工房が潰れちゃって。ちょうどいいタイミングで帰ってよかったなあと。

――奥さんナイスですね。

ベルト「ドゥエ」

ベルト「ドゥエ」

村上さん うん。それで帰国したけど日本で何も実績がなかったから、一旦設計事務所に戻って、その傍ら外注デザイナーとして革に関わって……エムピウを立ち上げたのは2001年。自分のブランドを作りながら外注のデザイナーとしても実績を積んできた。

そんな中、家具店「I+STYLERS(アイスタイラーズ)」で革製品のデザインを担当をさせてもらえることになって。打ち合わせでデザインを詰めていって作って卸すという、自分のブランドを持つ上での流れなんかを掴むことができた時期だった。この頃から徐々に仕事が増えはじめて、2004年にデザビレに1期生として入ったの。

――1期生だったんですね。卒業後、すぐ蔵前にショップを出したんですか?

村上さん そう。2006年に卒業して、最初は今の店の1階部分だけ借りて、そこに事務所兼ショールームという形で初めて、少しづつ売れるようになってたら大家さんが2階も貸してくれて、1階がショップ、2階は事務所という現在の形になったんだ。

――エムピウというブランド名の由来は?

村上さん 村上のMと「+」。プラスはイタリア語でピウと読むんだけど、僕と職人さん、僕とお客さんとか、一人でモノづくりをしているんじゃなく、色んな人に支えられてできているブランドなんですって意味なの。いい話でしょ。でも「エムピウ」って聞き取りづらい上に言いづらいみたいで「エムプー」とか「エムピュー」とか言われちゃうんだよね。

――(笑)

M+

代表作「ミッレフォッリエ」

おばあちゃんが火付け役! 大ヒットの裏話

――エムピウの代表作でもあるお財布の「ミッレフォッリエ」はいつ頃生まれたんですか? デザインというか構造が建築家的だなーと思うんですが、デザインをする時に意識しているんですか?

村上さん 初代は2001年だったかな? 僕はデザインを2次元ではなく3次元で考えるんだよね。構造からデザインを考えるんだけど、それが建築家っぽいと言えば建築家っぽいのかもね。

最初に「ミッレフォッリエ」を考えた時は「小銭もお札もカードも、財布を開けたら全部見える!」みたいな財布が作りたいなと思って。開くと小銭入れ部分が立ち上がるという凝った構造にしたんだ。

――閉じている時は本みたいで可愛いですよね。これが大ヒットしたと。今では通販サイトでも売れまくっていますよね。

村上さん うん。ある日、留守電とファクスが山のように来ていて「何があったんだ?」とビックリしてさ。たまたま松屋の催事で買ってくれたっていう朝日新聞の方がコラムを書いてくれたんだけど、それをすっかり忘れてて。ドラマみたいだったよ! 電話が、切っては鳴り切っては鳴りで、ファクスもじゃんじゃん届いて。ほとんどがおばあちゃんだったんだけどね。

――おばあちゃん?

村上さん そう、全国のおばあちゃんから人気が出たんだよ。新聞を読む世代だからかな? とにかく電話やファクスでのやりとりが大変だった。メールアドレスを載せておけば良かったって思ったよ。それにしても新聞ってすごい影響力だなって驚いた。

その後もいろんな方が記事書いてくれるんだけど、その度に注文が入って。本当にありがたいんだけど、たまに新聞に掲載している写真の色とキャプションの色が違うから、行き違いで大変なことになっちゃって。でも彼らのおかげで「ミッレフォッリエ」は大ヒット作となった。本当に感謝しているよ。

――新作の小さいお財布は「ミッレフォッリエ」とは真逆ですよね?

村上さん 「ストラッチオ」ね。「ミッレフォッリエ」は凝った構造だから、今後は真逆の物を作ってやろうというか、その反動で作ったというか。省ける部分をギリギリまで省いて。これがかなり使い易いのよ。今って小さいお財布が流行っているしね。

何にしても「ミッレフォッリエ」を超えるヒット作をいくつか作りたいと考えてて。そういう気持ちもあって真逆のものを作ってみたんだよね。

M+

ミニボストンバッグ「カッサ2」

――大ヒット作、期待してます。ところで、エムピウで使っている革は男前というか、カッコイイですよね。どういうこだわりがあるんですか?

村上さん 僕はエイジングした味わい深い革が好きだから、「タンニンなめし」という古くから使われている技法でなめした革を使ってる。オイルをたっぷり含んでいるから、使い込むほどに味が出るんだよね。デザインもだけど、自分で使いたいものしか作らないから、一貫して渋い感じになるのかな。

あと、こだわっているのは経営より「作る時間」を多く取ること。経営者に向いてないんだよね、僕。建築士の時もだけど、もの作りに時間をかけたいんだ。

あ、そうだ、最新作! これも書いてよ。

――是非。(笑)

村上さん これは「東京ロマンち」という台東区と墨田区の職人の合同プロジェクトの第一弾で、墨田区の「HIS-FACTORY」の中野克彦さんとコラボして作ったバッグ。「東京ロマンち」のコンセプトは、「手を抜かず、妥協せず、きちんと作る」。素材からデザイン、製法まで全て「きちんと」作って、メイドイン下町の底力をアピールしていこうっていう、みんなで飲んでる時に決まったプロジェクトなんだ。

このバッグも相当こだわってるよ。パカッと口が開いて、バッグを持ち上げると口が閉じる仕組み。革と真鍮の組み合わせがいい感じでしょ。

M+

「ガリアルド」

――ゴツい! 男前ですねえ。構造もやっぱり建築家っぽい。でも…お高いんでしょう?

村上さん 高いよ。12万円。素材にもこだわっているし、作りも中野さんがチョーこだわって作ってるからね。シンプルな「ストラッチオ」の反動でまた凝ったの作っちゃった。名前は「ガリアルド」。イタリア語で力強いって意味。イメージとピッタリでしょ?

これは薄いものを入れると薄く、巾があるものを入れると膨らむようにできていて、入れたものを包み込むように作ったの。外側をぐるっと革で覆っていて、内部のボディとの隙間に縫い合わせがないから、バッグを持ったまま新聞や雑誌を差し込めるし、財布やカードケース、スマホなどを入れるポケットが内側にあるから、カバンを閉じたまますぐにとり出せるよう工夫もしてある。

――最後に「東京ロマンち」の今後について教えてください

村上さん コラボはどうしても高価になってしまったりで難しいから、「これぞ東京ロマンち!」という商品をみんなで持ち寄ったりとか、そういうこともしていこうかなと考えているところ。みんな忙しいからね、その中で楽しんでやっていけたらって思ってるよ。

エムピウの店内

エムピウの店内

* * *

一見無骨でクールだけど、使いやすさを考えぬいた構造のエムピウの商品は、一見強面だけどとてもチャーミングな村上さんの人柄と重なります。大ヒット作「ミッレフォッリエ」を超える商品を作ることが今の課題だと話す村上さん。どんな面白い商品を作るのか、今後も見逃せません。

詳細情報

名称M+(エムピウ)
住所東京都台東区蔵前3−4−5
URL

http://m-piu.com/

その他

この記事を書いた人/提供メディア

ヨーコ

フリーのデザイナー。時々ライター。 重機とお酒と廃墟と猫と猛禽類と深海魚が好き。 浅草在住。

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